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ラノベ資料発掘所

本をあまり読まない筆者が、読んだ本のレビューやら考察やらを書いていくブログ

奴隷を知りたいのでイスラームの奴隷から学ぶ

現代社会では姿を見なくなったもの、奴隷。

社畜や会社の奴隷なんて言葉はありますが、どちらも『使用者に対して強制労働等をさせられている』という意味合いが強いかと思います。

今回は有名なイスラーム社会から、奴隷とはどのようなものかを学んでみます。

イスラムじゃなくてイスラームなのは今回読んだ本の影響です。)

 

ああ、いつも通りなのですが、

ヘイトスピーチやら社畜云々関係なく『小説に使えるかどうか』が私の判断基準です。

奴隷という考え方が苦手な人向けでもないですし、宗教的人種的批判の意味もありません。

分かりやすく言うと、そういう論争はよそでやってください。

 

 

 

奴隷とは何か

 

奴隷と聞くと、このようなイメージではないでしょうか。

鎖を足または腕にはめられていて、言論行動の自由がなく、強制労働させられている。

自分の意思とは関係なく命じたままに行動させられ、逃亡も許されない。時には命すら危うくなる扱いは非人道的だとされます。

 

実はこれ、あながち間違いではありません。

イスラームでは奴隷とは人間以下の扱いをされます。馬などの家畜と同然の扱いで、法律上しゃべる家畜程度の存在であったとみられています。

 

無論、社会に参加する権利も持ちません。それどころか自分自身の所有者でもないのです。彼らの所有者は主人で、奴隷にとって主人は絶対的な存在であったことがうかがえます。

 

その一方で、奴隷たちには人間として生きる権利が与えられていました。主人は奴隷たちに衣食住を与えることが義務づけられ、主人には奴隷の生殺与奪権までは認められていませんでした。過度な懲罰や人間としての尊厳を左右するようなことは禁じられ、その法を犯したときは奴隷の所有権を剥奪されました。

 

非常に興味深いのは奴隷の法律上での扱いです。

奴隷は『半人前』とされていました。未熟な人間という扱いで、彼らが罪を犯した場合は刑が半分になります。逆に奴隷を怪我させてしまった場合でも刑が半分になりました。

 

主人の保護のもとにあり、責任能力も薄いという意味では子供に近い側面を持ちます。

それこそ主人によっては子供扱いされることもあったかもしれません。

 

 

奴隷は何をしていたのか

 

今の時代であるのなら大概のことは機械がやってくれます。

しかし、当時はそのようなものはありません。そこで目を付けられるのは今の時代でも万能と名高い人間です。

農場の仕事から家事まで、お金や重要な仕事以外ほとんど何でもやらされていました。

また、男が優先される社会なので、男主人の相手をさせられる奴隷もいました。女性だけではなく美少年も需要があり、今ならば性的暴力となることも頻繁に行われました。

 

それでも主人の地位や信頼によっては経理の仕事なども任されることもあります。

結局は、主人に大きく左右されることになるでしょう。

 

 

奴隷解放について

 

小説を書いていて奴隷のキャラを出すとします。

けど、愛着が湧いてきて奴隷から解放したくなることもあるでしょう。

それと同じようにイスラーム社会では奴隷が解放されることがままありました。

 

奴隷解放の条件はいくつかあります。

まず一番多いのは何人かの子供を産んだ女性奴隷が解放されること。

これは、奴隷を手に入れる方法が戦争で手に入れるか犯罪者を奴隷にするか、奴隷の身分の女性に生ませるくらいしかなかったからです。その功績として、奴隷解放されることが一般的でした。

 

次には結婚するために解放されること。

主人と奴隷は結婚することはできませんでした。ですので奴隷を解放し、その上で結婚すると言うことも多くありました。

 

通常の奴隷解放

信頼された奴隷を解放するなど、男女関係なく解放される方法です。解放する権利は主人が握っていたので主人と友好的な奴隷が該当します。

 

身分を買う

奴隷といっても主人によってはお金を持つ権利を与えられることがあります。お金を貯めて、自分を買い戻すのです。ごくまれにあることだそうです。

 

 

王や貴族の奴隷について

 

イスラーム社会の面白いところは、奴隷は必ずしも最下位の序列ではないことです。

王や貴族の奴隷はかなりの権力を持っていましたし、主人の子供を産んだ女奴隷は母としての力を持ちました。

 

確かに非奴隷である自由人と奴隷では差がありました。しかし、それは同じ立場の上での話でした。

あくまで奴隷が従っているのは主人であり、関係のない第三者ではなかったからです。

 

その影響もあってか、奴隷制度は主人に従うものであると同時に、貧困者を決して届くことはない高い地位に昇らせる可能性のあるものでした。

 

 

感想

 

奴隷というと有無を言わず従うイメージがありましたが、それだけではありませんでした。確かに『卑しいモノ』という差別や偏見も多いのですが、決してそれだけでは終わりません。そこにストーリーとネタがあります。

 

この本では至る所に奴隷は半人前である、という扱いから奴隷を子供のようなものとする解釈があります。

現代社会の人には少々受け入れにくい言い方かもしれませんが、しかし納得もできました。奴隷は社会的に半人前で、奴隷解放は一人前となることです。

時代が違うので主人によって大きく変わることや、体罰の度合いが大きいのはありますが、どこか子供のそれと似たところはあります。言うことを聞かせたり、法的な責任能力がなかったり。

 

それでも奴隷制のために苦しんだ人も、望まぬ妊娠をした人々も数多くいたでしょう。うまく暮らせた人数の方が少ないのかもしれません。

それでも、ただ虐げ搾取するための制度、それだけではない。

多面性を持った一つの機能として奴隷制を見ることができました。

 

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